2008年03月27日
命どぅ宝

宮城喜久子さん(ひめゆり平和祈念資料館証言員)のお話を聴いてきました。
今、文字を打っていて気づきましたが、記念ではなくて祈念なんですね。
戦時下のお話やご自身の失われた時間の話などとてもためになるお話をたくさん伺えました。
自分の中でまだうまく消化できなくて、ここに書くことができないのですが・・・
教え子のかたが富山に住んでらして何十年かぶりでお会いになったということで、これもすごいことだと思いました。
ひめゆり平和祈念館は、どこからの制約も受けないために公的支援を受けずに借金までして作られたのだそうです。入場料だけで成り立っている数少ない施設だと・・・・・・講演後、沖縄へ行ったらぜひ伺いますとお話させていただきました。

会の終了後、近所の飲み屋さんの2階で先生を囲みましたが、その中でたまたまブームの宮沢和史さんのお話が出、2週間ほど前に手紙が来て、そこには自分は「島唄」という唄は、ひめゆり平和祈念資料館を見にいって衝撃を受けて作ったと、ウージの下というのは大勢の人が亡くなっていった壕のことなんだということが書かれていたそうで、その手紙は展示されているんですよと言われました。
修学旅行生に話をした後にお礼にということで、この「島唄」を唄ってくれるのがとてもうれしいとも話されてました。
今、この時代に語りということを自分なりに考え直す機会になりました。
実行委員のかたたちも個性的で魅力的なかたがたでした。
おまけ
二次会で「琉美」という沖縄出身のママのされているお店に連れて行っていただきました。
素晴らしいかたで、ここでも勉強になってきました。
何か歌ってとカラオケの機械を渡されましたが、使い方がわからない。
実は、私生まれてからカラオケというものを一度もやったことがないんですね。やりたくもないし。
三線があるよということで、それで「娘ジントヨー」「肝がなさ節」「唐船ドーイ」をちょっとだけやってきました。
声がでません!
緊張で?
いえいえ、さっきの店で食べ過ぎました

Posted by sansinzamurai at 00:40│Comments(4)
│日記
この記事へのコメント
ひめゆり女学生の語りべ、
高校の修学旅行の時に聞きました。
やんちゃ者の多い、高校でしたが
みんな静かに聞いていたのを思い出します。
私は、ひめゆりの祈念館に入った事は、ありませんが
南部を訪れると、以前聞いた話を思い出します。
知るという事も、再び悲劇を起こさない第一歩になると思います。
ホントに、いい機会でしたね。
高校の修学旅行の時に聞きました。
やんちゃ者の多い、高校でしたが
みんな静かに聞いていたのを思い出します。
私は、ひめゆりの祈念館に入った事は、ありませんが
南部を訪れると、以前聞いた話を思い出します。
知るという事も、再び悲劇を起こさない第一歩になると思います。
ホントに、いい機会でしたね。
Posted by れいちぇる at 2008年03月27日 01:43
れいちぇるさん
ありがとうございます。
修学旅行で、そうですか。
今は動ける語り部のかたも少なくなられ、県外で講演できるようなかたは、3人ほどにまでなられているそうです。
南部のほうはほんと大変だったようですね。
自分の親が沖縄へ観光に行ったときにひめゆりの語り部の人の話を聞いてきたと話していたのを思い出しました。そのときは自分はただ、そうなんだと思っただけでしたが・・・
ありがとうございます。
修学旅行で、そうですか。
今は動ける語り部のかたも少なくなられ、県外で講演できるようなかたは、3人ほどにまでなられているそうです。
南部のほうはほんと大変だったようですね。
自分の親が沖縄へ観光に行ったときにひめゆりの語り部の人の話を聞いてきたと話していたのを思い出しました。そのときは自分はただ、そうなんだと思っただけでしたが・・・
Posted by sansinzamurai
at 2008年03月27日 02:02

ひめゆり祈念館・・・。
二度ほど行ったことがあります。
何度行っても、そこだけが違う空気が流れてるような気がします。
どんなに暑くても、そこだけはひやっとしてる・・・というか・・・。
館内で沖縄戦で亡くなった方の文章を一人一人読んでると
今自分が生きてることの幸せを痛感します・・・。
沖縄の唄が聞く人の心に響くのは、辛い過去を乗り越えてきた
命の強さがあふれてるからなんでしょうね・・・。
まさしく「命どぅ宝」ですね。
二度ほど行ったことがあります。
何度行っても、そこだけが違う空気が流れてるような気がします。
どんなに暑くても、そこだけはひやっとしてる・・・というか・・・。
館内で沖縄戦で亡くなった方の文章を一人一人読んでると
今自分が生きてることの幸せを痛感します・・・。
沖縄の唄が聞く人の心に響くのは、辛い過去を乗り越えてきた
命の強さがあふれてるからなんでしょうね・・・。
まさしく「命どぅ宝」ですね。
Posted by ちゃくら at 2008年03月27日 08:45
ちゃくらさん
ひやっとしてるですか・・・まさにそんなイメージがします。
ちゃくらさんは感受性鋭いから、そういう場所へ行くと人一倍伝わるものがあるでしょうね。
亡くなったかたたちの文章が展示されているんですね。
宮城さんは戦争の後、40年もその場所を訪ねることができなかったそうです。40年たってもその場所が戦禍生々しく残っていたことに衝撃を受けられたようで、それもきっと建設への原動力になったのではないかなぁと思ってきました。
ひやっとしてるですか・・・まさにそんなイメージがします。
ちゃくらさんは感受性鋭いから、そういう場所へ行くと人一倍伝わるものがあるでしょうね。
亡くなったかたたちの文章が展示されているんですね。
宮城さんは戦争の後、40年もその場所を訪ねることができなかったそうです。40年たってもその場所が戦禍生々しく残っていたことに衝撃を受けられたようで、それもきっと建設への原動力になったのではないかなぁと思ってきました。
Posted by sansinzamurai at 2008年03月27日 18:47